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ケース1:ヘンゼルとグレーテル
ある日私の診療所にひとりの女の子がやってきました。
彼女の名前は仮にグレーテルとでもしておきましょう。
彼女グレーテルは、何度も何度も胃潰瘍をし、かかりつけの医師に「ストレスが原因になっていてそれを絶たない限り治らないのではないか」とここを紹介された。そんな少女です。
今回は、彼女の話をしましょう。
「グレーテルは胃潰瘍の原因はなんだと思うの?」
「…食べ過ぎだと思います。」
「食べ過ぎ?そんな細身で?」
「食べ過ぎです。おばさんがお菓子をくれるのをやめないから。ほんと、太っちゃったらどうしてくれるんだろう」
はぁとため息をついて床を見下ろす目は、ここに通う患者さんたちとおんなじ目をしていました。
カルテを見れば見た目から推測される年相応の中学生。けれど纏う雰囲気や、小さく投げやりに発するその声は彼女がまだ幼い中学生だと頷かせてくれません。
「グレーテルはお兄ちゃんがいるのね」
「兄しかいません。」
根が深そうだと思った私の目に留まったのはカルテに書かれた家族構成でした。「兄」としか書かれていないそれに一度目を疑った後そう尋ねれば、私が質問し終えるのを待たずに彼女はそう言い切りました。
「ご両親は?」
「…」
もう一度カルテに目をやった後にそう尋ねれば、先の言葉で射抜くような目を向けてきた彼女のそれは、瞬きもなくそれを見つめる私の目とはもう合いませんでした。
ただ床を見つめる彼女を見つめ、私は他の質問に移ることにしました。
「お兄さんは優しい?」
「…太ってます。」
「あら、そうなの?」
「ええ、お菓子の食べ過ぎで。ほんと、私もああなっちゃったらどうしよう。」
「お兄さんの事は嫌い?」
「べつに、そんなことないです。」
ひとつの質問に多くはないけれど確実に答えてくれるグレーテルのその日の診療は、いくつかの質問の後終わりました。
「いらっしゃい、グレーテル」
そしてまた、グレーテルの診療の日が来ました。
感情のない顔で「どうも」と小さく頷いた後、「さあ座って」と差し出した私の手の先にあるピンク色の椅子に座りました。
「胃の調子はどう?」
「べつに、なんともないです。」
「お兄さんは元気?」
「太ってます。」
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